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首都高速道路500円通行の正義 第5回/「裁判長、私に100円の債務はありません」

(月刊『記録』94年11月号掲載)

■日本を良くする不払いなのに

 私は町の発明家である。仕事に関連したものに限られてはいるが、出願済みを含めて特許、実用新案を計160件有し、シンプル・イズ・ベストの信奉者であり、常に原点思考を心がけています。
 アイデア創造は物事に不便さを感じることから始まる。不便さは疑問に変化していき、疑問は物事を整理しながら解決へ向けてのエネルギーを生む。思考世界が「必ず解決する」との思いで充満してくるのだ。500円通行もこうしてうまれた新発明、いや、首都高の不治の病には本当によく効く新薬なのです。もっとも、公団にとっては、すさまじい劇薬だと勘違いしているようですが。
 なぜ新薬か。まず、続けている限り常に話題にのぼり、道路料金問題を決して風化させません。それによってまず値上げが凍結となり、無料化への道が開けます。「新薬500円通行」を楽しく皆でやれる環境を整備することが必要で、治してもらっている公団の方が率先して推進すべきだとすら思いますが、逆に500円通行がガン細胞のようにまん延することを恐れているから困ります。
 もっとも、新発見が当初迫害されるのは歴史の証明するところ。単に「600円のところを500円で通る行為」と考えれば、全く非常識きわまりない行動です。たった100円でも、決められたお金を払わないお行儀の悪さに、世の知識人は眉をひそめます。
 しかし町の発明家にとってそのことはすでに織り込み済みです。一見非常識な行動の中に、無謀な値上げに反対という常識があったからこそ、運動は取り上げられ、首都高正常化の大事な肥料となり、小さな小さな芽が出たのです。これをどうしても育てなければなりません。細心の注意を払って大胆に行動しなければなりません。
■公団を法廷に引きずり出せ

 このまま放っておくと、首都高サファリパークには前号で書いた「ヒヒの群れ事件」以上の公団自作自演の大事件が勃発します。そうなれば、「和合は反社会的アウトローだ」と烙印が押せると。とんでもない、そうは問屋が卸しません。1988年5月、裁判所へ訴状を提出しました。弁護士の大津卓滋先生と厳密な打ち合せをした結果です。
 世の中は必ずしも正義の味方ではないことくらい、長い仕事の経験でイヤというほどわかっています。まして法治国家の根幹たる裁判所が、我が方に勝利の微笑みを投げかけてくれるなど、まずないと考えるのが常識です。しかし、安心して500円通行は続けたい。智恵のしぼりどころです。
 さあ、それではデスマッチ裁判編へご案内いたします。
 訴訟を起こすにはさまざまな条件と付帯事項があり、なんでも裁判に持ち込めるわけではありません。特に訴える方の「訴えの利益」が整理されていることが必要です。損害が発生して初めて訴訟の対象になるのです。
 たとえば、「自衛隊は違憲である」という裁判は、訴えの利益がぼやけているの起こせないわけです。また、公権力の適法性を争う行政訴訟となってしまうと、裁判所はどうしても行政側を向きがちで、たいていの場合却下されます。主権者の国民が選んだ国会議員が作った法律に基づく組織が「違憲である」とする裁判は、基本的な三権分立の秩序を乱すと考えるのか、成立しにくいようです。
 だから、「首都高速道路公団の値上げはけしからん」という裁判を起こすことはできません。法律で定められた手順にのっとって値上げ申請が行われたものだからです。仮に起こしても、おそらく審議までは進行しないでしょう。
 首都高の値上げを裁判の舞台に引きずり出すにはどうしたらよいか?大津先生と長時間にわたりシミュレーションをして発見したのが「責務不存在の確定訴訟」というわけです。要するに、「首都高速道路公団が100円払えといっているが、私の方は100円の債務はありません。そのことを認めてください」と実にシンプルでわかりやすく、しかも行政裁判とはほど遠い、れっきとした民事裁判です。ついにやりました。天下の公団と和合秀典とが対等の立場で舞台にのぼったのです。
 実は、さほど新奇な手法ではありません。町の金融業者やヤクザからやむを得ず法外な金利で借金をし、元金の十数倍の返済を求められ途方に暮れている人が、ニッチもサッチもいかなくなり、夜逃げ寸前、弁護士先生の門を叩いた時、救済措置としてまず打つ手なのです。借り入れた元金はすでに返済しているのに、法律に定められた以上の金利を請求してくる貸し主に債務はありません。裁判所で証明してください、というわけです。そして、ここで裁判所は強烈な正義の味方となり、ほとんどの場合が勝訴となるそうです。
 その悪徳金融業者と同じ土俵に天下の首都高速道路公団がさらされてしまったのです。当の公団もびっくりしたでしょうが、前代未聞の切り口に裁判所側もずいぶんと驚いたことでしょう。第一回公判が訴状提出から5ヶ月もたってやっと開かれたくらいです。まさに超ウルトラ裁判の幕開けです。

■不払いは千回を超えた

 もう一つ、私には隠し玉がありました。裁判は勝負の他に、「訴訟を起こした部分の時間が止まってしまう」とでもいうべき特長をがあるのを利用することです。判決まで、世の中が日々進化していくなかで、その部分が取り残されたように凍結してしまう・・・・特許申請をしたいくらいの、誰も考えつかなかった超ウルトラCはここを利用したものです。
 訴状提出の日はやはり首都高を500円で出かけました。あいかわらず非常ベルがけたたましく鳴り、ビデオカメラに執ように追いかけられ、ウジャウジャと集まっているおじさんたちに丁寧に説明しました。
「これから裁判所へ行ってきます。公団が正しいのか私が正しいのかは裁判所が決めます。日本は法治国家です。裁判所の決定には従います。それまで私を止めることはできません」と。
 忘れもしません。次の日からは、あれだけ激しい抵抗にあった500円通行が、なんのおとがめもなしとなったのです。「ご苦労さん」とはいいませんが、料金所のおじさんたちもホッとした表情で私を送ってくれます。本当に晴れ晴れとした表情で何かツキモノが落ちたようです。
 以来、7年目に入る500円通行は1100回を超え、700円に値上げされた現在でも何の問題もなく、毎日楽しく500円通行しています。判決までは500円で大威張りなのです。立派に法律に従った行動なので、警察も誰も止められません。この、いわば「裁判効果」に公団側は今さらながらやっと気づきあ然としています。効果を知って、上手に裁判とお付き合いすることが必要なのです。何しろ長丁場、いや、むしろ長丁場にしなければなりません。
 それにしても随分とおじさんたちにも迷惑をかけたものです。この半年、命をかけたドタバタは一体何だったのだろうか?と考えてしまいます。
 なお、「大変頑張っておられますが、裁判に負けると大変なお金を支払はなくてはならないのでしょう」とよくいわれますが、私たちが首都高に対して訴訟を起こしたのであって、負けたとしても、「お金を支払え」との判決は出ません。首都高がお金を徴収するには、逆訴訟して勝たねばならないのです。

■公団弁護士費用も通行料金から

 第1回公判は10月31日午前10時半より東京地方裁判所706号法廷で開かれました。一回目はお互いの書類やら、その他の確認だけでほんの数時間で終わります。傍聴席は満員で、後でわかったことですが、ほんの一部のマスコミ関係者以外は全て公団職員でした。
 公判終了直後、公団の面々が打ち合せをしている部屋を表敬訪問しました。人垣の中心で弁護士先生らしき人が一心に説明しています。「この裁判は必ず勝つから心配しないように」とか、「和合側の戦略はこうだ」とか話をしています。そこで初めて公団側の上野弁護士との初対面を果たしたのです。
「今後、長いお付き合いとなります。宜しくお願いします」と私は握手してまわりました。もちろん、上野弁護士とも名詞交換し、和気あいあいの初対面を果たしたものです。
 しかし、上野先生。あえていいますが、「基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする」(弁護士法第一条)はずの弁護士としちゃあ、ずい分ヘッポコじゃないですか。
 あなたにあるのは「首都高速道路公団は国である、国が和合秀典に負けるわけがない」ということだけとお見受けします。私にいわせればカラッポですね。でもまあ、弁護士が六法全書を片手に法廷で弁論を張るのはお仕事ですからよしとしましょう。
 しかし、なりふりかまわずの和合つぶしの官僚の先頭に立ち、首都高速道路公団おかかえ弁護士の評価を宜しくするために信用金庫へ出向き、人の金をいじくりまわすのは、ヘッポコとしかいいようがありません。よくぞ世界一難しいといわれる日本の司法試験に合格したものです。
 さらに腹が立つことは、彼への少なくはないだろうと思われる弁護士報酬費用も我々の通行料金から拠出される点です。額は私の100円不払い分の比ではないでしょう。どうもこの辺のつじつまが合わない。こちらは自費で賄い、公団側の費用は通行料金で拠出されるのだ。そしてその通行料金は私も支払いをしている。少なくとも公団は500円の通行料金を私から徴収しているのだ。
 この際、本誌上を借りて上野弁護士に告ぐ。
 裁判は貴男がいなくとも最終的には公団が勝つでしょう。貴男のいうとおり、国が個人に負けることはないからです。だから、貴男が私に勝つことは裁判に勝つことでありません。貴男が500円通行を止めることが私に勝つということである。その意味では、現在まで私の連戦連勝であるとここに宣言する。

■最高裁判決までデスマッチだ

 それから4年の歳月が過ぎ、一審判決が出ました。予想通りの敗訴ですが、完璧な負けではありません。部分的には公団が正しいが、全体では和合が正しい、という玉虫色の判決です。それにしても大津先生もよくぞ4年も引っ張ったものです。超ウルトラ裁判ならではの結果です。
 判決書面を手にしてエレベーターの前に立っていますと上野先生のところの若い弁護士が肩越しに話しかけてきました。「どうです和合さん、感想を聞かせてください。いや、負けた感想が聞きたいのです。これで500円通行はできないでしょう。和合さんは裁判の判決には従うと常々いっていましたからね。これで和合さんの首都高問題はおしまいということでしょう?これで和合さんとお別れかと思うと一抹の寂しさがあります・・・・」。
 このいやらしさはどうでしょうか?「どうだッ、参ったかっ!」てなもんです。こちらは、次の高等裁判所にはどんな書面で行くのか、などの作戦を、あれこれ大津先生と楽しく話していた後でしたから、腹も立ちません。それはそれは丁寧に親切に失礼のないように、粗相のないように、考えられる最大の気づかいをもって、法治国家日本の基本を教えてさしあげました。
「上野先生にお伝えください。ご存知とは思いますが、念のため申し上げます。日本の裁判は三審制なのです。今後、高裁・最高裁と続くのです。まだまだ先生とお別れするわけにはいきません。『そんなに私を嫌わないで今後とも宜しくお願いします』とお伝え下さい」。その時の彼の、ハトが豆鉄砲を食らったような無邪気な顔が忘れられません。とても新鮮で素敵でした。(■つづく)

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