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首都高速道路500円通行の正義 第14回/内藤国夫さんのボツ原稿

■月刊『記録』95年9月号掲載記事

■和合さん、凄いッ、実に凄い

 取材を申し込んできた彼に私は「500円通行をしてきて下さい」と条件を出しました。やるのとやらないのとでは考え方が全く違ってくる。全く新しい方向で見られ、新しい世界が広がってきますから、と。
 待ち合わせ場所の池袋のとあるラウンジで待っていた私を見つけるなり、彼は自己紹介もソコソコにまるでこらえていた堰が爆発するように口角泡を飛ばして話し始めました。相手の顔すら知らない初対面同士が当然といった風に、やあ和合さんとくる。
「和合さん、凄いッ、実に凄い。やってきましたよ。500円通行ですよ。こんなに簡単にできるとは思わなかった、もちろん何も起こりませんでした。本当にどうなるかと思いました、今でも胸がドキドキしています。イヤー色々見えてきました。道路行政の節穴というか、裏側というか、そんな感じです・・・・」。
 やせぎすの年期の入った小柄なオッサンです。おデコが広くほぼハゲ上ってはいますが、ごく細い毛がハラハラとあり、不毛地帯の最後の生命体という感じ。これが、ジャーナリスト・内藤国雄さんとの出会いでした。
 私は、「そうでしょう、別にどうということはありません。NHKの不払いと同じで不法でも何でもないのです。それにしても、私の取材で500円通行をやって来た人は貴方が初めてです。有り難うございます。共通の経験から始まる今日の話しは楽しいものとなるはずです。宜しくお願いします」と挨拶しました。
 すると内藤さんは、「私の方こそよろしくお願いしますよ。本当にいい経験をさせていただきました。このハラハラドキドキを和合さんは100回もおやりになっているなんて信じられない。たいしたものです」。いやいや内藤さんこそたいしたものです。聞くところによるとなかなか高名な方だそうです。
 彼は文芸春秋の依頼で首都高問題の取材に来たのです。そしてのっけから500円通行を強いられてしまったのです。共通の経験を持つ2人は夜の更けるのも忘れておしゃべりを楽しみました。
 しかし、原稿はものの見事にボツ原稿となったのです。このボツ原稿物語が今回のお話です。
 内藤氏にとってこの体験がいかに強烈であったか、たった100円が醸し出す体験が彼の人生観が変わえてしまったのです。世の中に発表されるなかったボツ原稿には内藤氏のドキドキハラハラの500円通行はこう書かれている。本邦初公開です。暫くは迫力のあるプロの文章をお楽しみ下さい。なお誌面に限りがあるため、誠に僭越ながら私自身が要約した部分があります。

 その首都高で値上げ以前の旧料金500円で難なく料金所を通過するグループが話題と関心を集めている。正規料金を払わなければ通れないと信じこまれていたのに意外と簡単にパスできるらしい。「500円で実際に走り、どういうトラブルが生ずるのか体験して欲しい、その上で首都高の問題点摘出を」と本誌編集部から注文が寄せられ気軽に喜んで引き受けた。あり得ないことがなぜまかり通るのか、以前から注目していたし、首都高に不満をもっている点では人後に落ちないからである。
 盲点を衝き500円通行へと突出挑戦中の和合秀典氏に会うために横浜の自宅からマイカーで池袋へ向かった。首都高用賀料金所で料金不足通過を初体験しようというのである。だが、正直に告白すると、「気軽に喜んで」の気持ちが消えうせ、重苦しいものに変わっていた。たかが100円のトラブルどうということはないはず、それなのに恥ずかしながら胸がドキドキ音を立てる始末、緊張する自分が情けなかった。それ以前首都高団への取材で、浅井理事長や副理事長から、「500円通行はルール違反、馬鹿げた事は絶対にしないで欲しい」とくどいぐらいにお願いされた。

 内藤さんは公団理事長クラスとの面談を終えていました。私がどんな手を使っても会えなかった理事長に、簡単に会える内藤さんに嫉妬を感じたものです。ブランドとはこういうものか。

 おまけに電話で面会の約束を取り付けた際に和合氏からは、「タダ乗りが目的ではない、一方的値上げへの抗議行動です。その主旨を名刺に書いて500円と一緒に料金所のおじさんに渡してください」と注意を受けた。料金所を突破するゲームを楽しむ暴走族とは違うのだから、との説明であった。首都公団の牽制はすさまじいものだった。一部を再現しよう。
浅井理事長談=文芸春秋ともあろうところがそういう企画を試みることはどうかなと思いますよ。伏してお願いしますよ。もしもやると、納入通知書が届きます。最後は強制的に差し押さえます。
野村副理事長=それだけは困ります、編集部から話があったとしても是非やめて戴きたい。勘弁してください。もしも、やられたら、私どもは催促の電話をドンドンかけ職員が催促のためお宅へ行きます。
 渋滞を解消し値上げ時期を遅らせる、努力を怠る首都公団のシリを叩くには、料金不払い抗議行動が効果的。好きでやるわけではないのだけれど試みる価値はありそうだ、そう主張する当方に対して総務部長、広報課長が脅しをかけた。「料金が高いと値上げに反対するのは自由だが社会のルールは守ってください。料金不足通行は不法行為ですからね、警察だって黙ってはいませんよ。和合には一週間ごとに3倍の料金を請求しています」。驚くことに和合と呼び捨てにしている。「フリーウエイクラブの面々は和合に踊らされているのだ」・・・・。
 心臓の強さを自認する私ながら、これだけしつこく翻意を促されると当初に抱いた好奇心、ファイトが萎える。どうせ名刺を渡すのだ、料金所を無事に通り抜けられたとしても不足分をあとで請求される。差し押さえ無効を訴えて裁判で争うつもりはない。トラブルで後続車に迷惑をかけたくない気持ちもある。
 最初は勇み立ったのに引き受けた軽率さを悔やんだ。このままUターンして引き返したくなった。しかし重い気分でハンドルを握りながらも、首都高渋滞への不満はさらに強まった。時間的損失、エネルギー損失を年間合計した天文学的数字について指弾したい思いにかられる。旧料金と新料金と100円の差を突き、和合氏が最終的に裁判での決着を覚悟して首都公団に匕首を突きつける突出行動の重さ、パンチ力を改めて思った。私も逃げずにせめて一度くらいは挑戦するべきだ。ひるむ弱い自分をムチ打って用賀料金所へと車を乗り入れた。
 2月12日午後5時37分、6レーン6ブースあるがボックスの左側から2番目に入った。用意した録音カセットのスイッチを咄嗟にONする。これから始まるであろう料金徴収員とトラブルの会話を正確に記録しておきたかった。緊張のあまり、どんなやりとりになるのか予想できず、また記憶するのが不可能と思ったからである。以下録音されたものを圧縮再現する。

「500円で通過したいんです。そういう経験をしたいものですから」「えッ、何ですって?500円じゃあ通れないですよ、ここは600円」。4回にわたり同じ言葉が繰り返された。徴収のオジサンは始めのうち事態が把握できずに大声で600円を強調した。
「いや、そういう体験ができると聞いたので通らせてもらいます」 「えッ誰が?そんなことないですよ」
 これだけのやり取りで後続車の列ができ、抗議のクラクションが鳴り始める。やむえず用意した名刺を渡しながら最後通告をした。「とにかく一応体験してみますから」。不運な巡り合わせのおじさんは驚いたことに名刺を受け取ろうとせず、身を引き加減にしてつぶやきを繰り返した。「いやいや、私が困るから困るから」。
呆気にとられる思いでさらに念を押した。「いいですか、いいですね」。徴収員は「ええ」とはっきり言った。
 私の差し出した500円玉と名刺のうち500円だけをサッと受け取って、早く通り抜けてくれといわんばかりに半身に逃げる姿勢をとった。「あえて500円で通るものです。逃げ隠れは致しません。首都高速道路公団様」と添え書きした名刺をポケットにアクセルを踏んで急発信させた。「これで逃げ隠れしていることになるのかな、それにしても難なく通れるものだ。阻止しようとしたり、たしなめたり態度がかけらもなかったのはなぜだろう?」。思いつくまままに初体験感想を録音し始めた。情けないほど緊張しただけに物足りない感じがする。
 やりたくなかったけどやってよかった。これまでわからなかったことがわかってきた、いろんなことが見えてきたことをうれしく思うのだった。発見の喜びである。

 とまあこんな具合に延々と続く。さまざまなマスコミとの付き合いのなかで私はたくさんの賞賛と激励を受けてきましたが、ほとんどが川の向こう側から拍手を送ってくるばかりでした。確かに500円通行は危険ではないけれども、始めた当時としては特出した行動には違いない。マスコミの皆さんは向こう側の安全地帯にいて「頑張って下さい」などという人が大半です。最も分かり難いのが「陰ながら応援しています」。何じゃいこりゃあ。
 内藤さんの凄いところは、いかに私が提示したことであれ、有名人でありながら500円通行を自分で体験したことです。しかも、自分が500円通行をやったことを白状し、その調査結果の提出を要求しました。これには完璧に公団が詫びを入れてきた。内藤氏の500円通行を止めることはできないからです。彼は公団の上層部と話のできる自分の環境を最大限に生かしたわけです。 原稿創作中の数週間、私と内藤さんとは24時間ホットラインで、夜中の12時に連絡を取り合うことなどしょっちゅうでした。「あッ和合さん、このことはどう思う。フムフムなるほど、わかった、それじゃまた」てな具合に連日の打ち合せでした。

■あきらめて今夜は飲もう

 誠に残念ではあるけれど、この原稿がボツとなったのです。内藤さんはプライドもあるだろうに、心中いかに、と思うとかわいそうになった。内藤氏は力なく、「和合さん、文芸春秋ではここのところをこう直せば載せてくれるといっているのだけれど、どうだろうか?」と聞いてきます。私とて文芸春秋に載れば一躍世論に取り上げられ、一挙に問題提起にとなるのは間違いないと神にも祈る数週間だったのです。年の離れた親友となってしまった内藤さんにもこの思いは伝わっています。
 世の中うまくいかないものだなあ、とつくづく思います。それでも私は決断しました。「これを直したら意味が全くなくなります。あきらめましょう」。その時の内藤氏の驚いた顔は今でもハッキリ覚えています。「えッ?いやあ和合さんは勝負師だ、わかったあきらめよう、よし今夜は飲もう」となって、後は彼のオゴリで残念会が始まったのですが、泣く子も黙る内藤先生は実は泣き上戸だったのです。その先は次回で。
 とにかく内藤氏は100円で凄じく感激したのだ。人生観が変わるほど感激したのだ。読者諸君はどうでしょうか?ゼヒとも一度体験することをお薦めします。これはやった者でないと絶対に理解できない世界なのです。
 500円通行は、いわゆる常識と非常識の境界線にあります。しかし、この境界線は日々変化が激しい。本質的には変わりはないのでしょうが、外観の変化が激しいのです。価格破壊しかり、自社連合しかりです。つい最近までこんな政治の形は想像もできなかったのに、今は現実となっているではないですか。
 何が起きても不思議ではない歴史の大きな曲がり角である今、私は公団との勝負に本気で勝つつもりです。歴史は逸脱した道を本筋に戻すべく大きくカーブを切り始めているのだから。(■つづく)

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ガルシア・マルケスとは何ぞやと言う人は是非見てください。ガルシア・マルケスのことは任せてください。 [続きを読む]

受信: 2007年6月28日 (木) 20時43分

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