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靖国を歩く/第39回 英霊として祀られることは果たして幸福か

■月刊「記録」06年3月号掲載記事

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 靖国神社には、靖国的な言い方をすれば「日本のために、戦死という形で生命を捧げた」英霊たちが祀られている。その数246万柱余り。日本が生まれ変わる過程といえる戊辰戦争で多くの命が失われ、その戦死者たちを慰霊するためという明治天皇の意向を受けて前身の東京招魂社が明治2(1869)年に創建された……というのはよく知られているところ。
 ただ、戊辰戦争以後の戦死者であれば全員が祀られているのかどうかといった細かい部分についてはあまり知られていない。
 先にいってしまえば、戊辰戦争以後に戦死していても祀られていない場合はある。そして、戊辰戦争以前であっても祀られている場合もある。
 今回は、西郷隆盛や彰義隊といった、戦死時に反政府の立場にあった人たち、いわば天皇に刃向かった人たちは果たして英霊として祀られているのかどうか、そして大西瀧治郎や南雲忠一など、旧日本軍において「ムチャな」作戦を実行し、結果的に多くの日本兵を死に追いやった将校たちが祀られている事実について「この人たちは祀られていていいのか」という疑問を靖国神社に問うた。
 では、この人は英霊として祀られているのか? ということを疑問に思ったとき、それはどうやって確かめることができるのだろう。
 靖国神社の社務所に問い合わせてみると、英霊として祀られているかどうかを知りたい場合には、神社の調査室に頼めば調べてくれるということだ。
 それにしても、いつも思うのだが社務所の女の人は対応がいつもつっけんどんだ。そんなことも知らないんですか? という冷笑的な感じでものを言う。
「電話やファクスで問い合わせいただき、後にこちらからお返事をさせていただきます、あとは神社の図書館に行っていただき確かめるという方法もありますが」
「神社の図書館?」
「遊就館の隣の靖国会館にある図書館に」
 靖国会館1階にある「靖国偕行文庫」は靖国神社創建130年を記念して平成11年に開館、約9万点の図書と資料からなる閉架式の図書館だ。同館のホームページによると、「蔵書全体の内容を分類から見てみますと『國防・軍事』に関する図書が全体の約70%を占めており、次いで『歴史』に関するもの、『思想・宗教』に関するものが多く、この3分類で約90%を占めて」いるとのことだ。
 靖国会館を入って右手が偕行文庫、左手が休憩所になっているが、ソファの置いてある休憩所にはほとんど人がいなく、がらんとしている。
 図書館に入る。といっても、大きい机が4つほど置いてあるこぢんまりとしたスペースだ。
 カウンターにいるメガネの女性に、英霊として祀られているかどうかを調べたいのだがどうすればいいだろうかとたずねる。といっても自分の祖父などいわゆる一般人が祀られているかどうか知りたいという場合と、歴史の教科書に出てくるような人について調べるケースとがある。
 まずは一般人についての場合だが、調べたい人の親族、または戦友のような間柄であれば調査をお願いすることができる。誰彼かまわず個(故)人情報を教えるわけにはいかないということだろう。

■英霊かどうかの基準は「官か賊か」

 では、歴史上の有名人たちはどうか。
 たずねてみると、調べてほしい人のリストを受付の人に出せば、調査してくれるとのこと。ふと、歴史上の人物でも遺族はいるだろうし、有名人であるから一般人ではないということにはならないのではないかと思ったが、そんなことをここで言えば調べてもらえなくなるかもしれないから、だまっておいた。とにかく、この人は祀られているんでしょうか、と聞けば、有名人ならば教えてもらえる。
 現にこのとき、大西瀧治郎、南雲忠一、彰義隊、坂本竜馬、西郷隆盛の名前を書いたリストを出したが、その場で調べてもらえた。調べてもらった、というよりも、これくらいならもうジョーシキ、とばかりに受付の2人で「これはそうだね、これはちがうね」とやりとりされ、30秒くらいでカタがついてしまった。さすがだ。
 西郷隆盛と彰義隊に「×」がついている。英霊でない、ということだ。メガネの女性とやりとりしていた初老の男性に話をきく。
「西郷隆盛と彰義隊は祀られていないんですか?」
 いとも簡単にリストをより分けたので、なんとなく超基礎的な質問をしているとき特有の居心地の悪さがあるが、とりあえずきいてみた。
西郷と彰義隊にまつわる矛盾
 維新の英雄とされる西郷隆盛は明治天皇の厚い信頼を得ながらも、大久保利通の画策などあって中央から退くことを余儀なくされる。1877年に私学校の生徒を率いて西南戦争を起こし、城山で自決している。また、徳川将軍の護衛という名目で上野の寛永寺に集結していた彰義隊は抗戦したものの新政府軍に破れている。
 男性は丁寧に答えてくれた。
「ええ、西郷隆盛は祀られていません。祀られている御祭神は国家の命に従って戦死された方々ですので、そうでなかった方々は祀られておりません」
 官か賊か、ということなのだろう。いうまでもなく天皇の国家のために戦った官軍は政府軍であり、西南戦争を起こした西郷以下、そして幕府側だった彰義隊は賊軍だった。天皇に刃を向けたと見なされ、賊となった彼らは、その死後100年以上経った今でも祀られていない。しかし、ここで疑問なのは、靖国神社に雄々しく祀られている大村益次郎が叩いた彰義隊の旗が遊就館には飾られている。これは何を意味しているのだろうか。
 そして、西郷についても腑に落ちない点がある。
 西南戦争で自決した西郷だが、ずっと賊として冷遇されていたわけではない。1889年、大日本帝国憲法発布にあたり、西郷は大赦されさらに正三位を追贈されている。これには黒田清隆のはたらきかけがあったとされる。 ただ、やはりそこで問題になっているのは、政府から正三位を受けたにもかかわらず、西郷が英霊として祀られていない、ということだ。赦されているんだから祀られてもいいのにねえ、と思うがなぜかそうはなっていない。
 戊辰戦争以前でも祀られている場合がある、と先に書いたが、坂本竜馬がそのパターンだ。一般的には、靖国神社に祀られているのは戊辰戦争以後に戦死した人々、と認識されているが、坂本竜馬が京都で暗殺されたのは1867年。戊辰戦争の前年だし「戦死」でもない。
「戊辰以前であっても、国事により倒れた、ということから御祭神として祀られている場合があります。坂本命はそれにあたります。しかしどこまでも遡ってしまえば際限がなくなってしまいますから、安政の大獄までが範囲になっています。ですから、あまり知られていないところでは(安政の大獄で処刑された)吉田松陰命も御祭神として祀られているのです。」
 さて、ここからが問題だ。
「特攻の父」として知られる大西瀧治郎、ミッドウェー海戦で惨敗した南雲忠一。両者はもちろん英霊として祀られている。

■大西瀧治郎は何を思う

 大西はフィリピンのマバラカット基地で零戦に爆弾を乗せて敵艦に体当たりするという作戦を提案する。海軍の総意だったという説もあるが、悪名高い「特攻作戦」を発案し、結果的に悲惨な戦死者を多く生み出すことになった。大西が祀られているのはどうなのか。聞いたことはないが、「大西は祀るな」的な意見があってもまあおかしくはない。このことについて聞くと、それまで比較的に柔和な表情だった男性の表情が少し緊張を帯びたものになった。
「あなたは今、結果的に多くの人を死なせることになった、と言いましたが、結果論というものがその当時、果たして存在したでしょうか。司令部の命令に従って、割り当てられた任務を遂行した彼らにはそれほど非があったのでしょうか。」
 初老の男性はあくまで毅然とした態度でいる。
 男性の話を聞きながら、皮肉なものだな、と思った。というのは、たしかに大西は日本国のために戦い英霊として祀られてはいるが、その手で特攻隊の悲劇を生みだし、最後は特攻隊員を詫びるために介錯をつけずに長い間苦しんだ末の自決を果たしている。そして靖国には特攻隊員たちが祀られている。大西は、祀られていることを本望だと思っているだろうか?
 図書館を訪れたあと、別に出してあった質問書に対し、靖国神社広報から回答があった。
 先に述べたものと同じような質問を出し、同じようなことが回答として返ってきた。つまり、「大西瀧治郎命、南雲忠一、私共はこの方々を戦犯者とは思いませんし……」。そして、この回答書の冒頭にはこうあった。
「靖国神社は国のために尊い生命を捧げられた方々をお祀りする場所であり……」
 確かに最後には西郷や彰義隊は賊軍なったが、彼らは国のために戦ったのではない、のだろうか?
 祀られているからシロ、祀られていないからクロ、などという一元的な色分けはそこにはないはずだ。(■宮崎太郎)

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