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靖国を歩く/第33回 遊就館の“?”な展示物

■月刊「記録」05年7月号掲載記事

         *         *           *

 世の中わからないことだらけだが、ほとんどのことはわからなくて当然のことだから、わからないことだらけに思えるのだろう。
 私は靖国の原稿を担当することになってから、何回わからないわからないと書いてきただろうか。たまに頭が悪いからなのではないかと苦悩するときもあった。そして今回も私の身にわからない問題が降りかかってきたのだ。それは……。
 なんで遊就館に「古代から近世の展示物」があるのか。
 今、それのどこがわからないことなのか、って思いましたか。そうですか。
 今までたいした問題ではないというか、あまり気にとめていなかった。なぜ今回そのことを取り上げたかというと、「靖国には戊辰戦争以降の英霊しか祀られていないのに、どうして古代や中世の展示物を置く必要があるのか」という編集部からの疑問の声があがったからだ。
 いわれてみれば不思議である。博物館七不思議というのがあったら入れて欲しいぐらいだ。
 遊就館には「英霊の顕彰」と「近代史の真実を明らかにする」という2つの目的があるのだが、英霊を顕彰するのならば、彼らにまつわる品を展示するのがベストだ。
 もっとも英霊の功績をたたえても本人には伝わらないので、どちらかというと遺族に対しての慰めのように感じるが、それは死んだ人に対して「あいつはいいヤツだったよ」と生きている人が生きている人に対してそう言って慰める行為のようなものか。
 国のために戦って死んだ人を祀っている神社なのだから、そういった展示をすることは必要なことだろう。それに対しては異論をはさむ余地はない。
 さて、私の疑問に絡んでくるのがもう一つの「近代史の真実を明らかにする」だろう。
 どうやら遊就館には「英霊が歩まれた近代史の真実を明らかにする」という使命があるらしい。どういうことかよく分からないが、たぶん英霊となった人たちがどうして戦わなければならなかったのか、ということを明らかにすることで近代史の真実までもが見えてくるということだろうか。
 それはわかった。そういうことならば近代からの展示は必要だ。それがたとえ戦争を正当化する内容であってもそうでないとしても、「どうして」という疑問を解くためには説明が必要だ。「1+1はどうして2になるの」ということをリンゴやミカンを使って説明するのと同じというわけか。
  「近代史の真実を明かす」と標榜しているだけに、展示物はかなり豊富で見応えがある。じっくり見て回ると近代史に少しだけ強くなったような気になるし、800円の元もとれる。遊就館は軍事博物館(武器の展示もあるから)と近代史博物館(それらの展示物が豊富)の2つの側面があるかなりお得な博物館というのは間違いなしだ。
 しかし「近代」を見せるのに古代からの「日本の武の歴史」が必要な理由はわからないままであるから、とりあえず見に行くことにした。

■英霊の朝敵まで紹介

 梅雨の中休みの晴れの日は結構暑い。アスファルトの照り返しがさらに暑さを増加させる。平日の昼過ぎだというのに、若者が多い。日本は祝日ではないはずだ。なんだなんだと思いつつ遊就館へと向かう。
 券売機で券を購入し辺りを見回すと、やっぱりいつもより人が多い。学生服を着た人やカップルも多い。靖国をデートコースに組み込むことがトレンドなのか。
 それはさておき、入場券を機械に通しエスカレーターに乗る。仕事の前にとりあえずトイレに寄ったところ、きれいだった。掃除が行き届いていて入り心地のよいトイレだった。
 トイレを出たところに映写室があるのだが、そこで日露戦争の映画がやっていたので観に行き、結局最後まで観てしまった。やる気あるのかお前は、と一人突っ込みを入れつつお待ちかねの「日本の武の歴史」の展示室へと向かった。
 こじんまりとしたスペースには、鎧やら刀やら出土品やらが展示されているが、なかには複製品もちらほら。複製品を飾るなとは言わないが、どうせやるならホンモノを飾るべきではないか。中途半端というか、力が入ってないというか、それはそれで先人に失礼じゃないか。
 しかも靖国の神は英霊である。日本武尊とか織田信長といった明治以前の人物も祀られているなら鎧などが飾ってあっても不自然ではないが、祀ってあるはずはないので不自然だ。
 古いスタイルから新しいスタイルへの移行をわかりやすくするために、古代・中世・近世の展示をしたからといって、それが近代史の真実を明らかにする道にはならない。
 だいたい、カラーが違いすぎるし、この展示室の展示品と、第二次世界大戦の展示室にある血なまぐさい展示品には温度差がありすぎる。
 ひそかに江戸時代の展示もあるが、徳川は最終的に朝廷に征討されたのではなかったか。幕府についた人たちは戊辰戦争の、つまり英霊の朝敵じゃないか。何がやりたい遊就館。
 つまり昔はそんなこともあったけれど、それは過去の話ということか。日本人の美徳「過去のことは水に流す」を体現している博物館である。心が広いのかポリシーがないのかよくわからない。
 鎧や刀は歴史博物館に行けば見られるし、出土品は遺跡跡に行けば見れるのでいらないといえばいらない。というよりも英霊の歩んできた近代史を語る場と自分たちで言っているのだからあえて持ってくる必要はない。
 他の見物者は私のような疑問を感じているのだろうかと思い周りを見渡すと、10人程度いた皆はかなり真剣に見入っていた。
 彼らはこの展示に疑問を抱かないのだろうか。何も思わないんだろうな。それを当然のように自然に見ているのだろう。

■「出島」を飾る複製3セット

 ホールにはゼロ戦がおいてあって、映写室では『明治天皇と日露大戦争』というものすごいテンションの映画がやっているし、進めば進むほど血なまぐさい展示品満載なのにこの展示室だけローテンション。
 それもそのはず、第一展示室の「武人のこころ」に入ると二手に分かれるようになっており、第三展示室の「明治維新」へ進むと次の展示室へとつながっているのに対し、第二展示室の「日本の武の歴史」に行くと行き止まりでそこで完結しているのである。
 だいたい博物館というと、第一、第二と順番に見ていくのが定石だろう。第二だけ出島のような感じなのだ。江戸時代の鎖国政策を模倣したのだろうか。だとしたらかなりしゃれがきいてて感心してしまうぞ。といっても、必要性はやはり感じられないのだが。
 展示室は入って右手の古代から左回りに進んでいくのだが、出島状態などとあなどってはいけなかった。最初から期待を裏切ることなくかぶとと太刀の複製3セットが展示されている。せっかく出土品を飾っているのだから、複製品よりボロボロでもいいから出土品のかぶとを展示してほしい。
 お次は中世。2着展示してあるよろいのうちひとつは本物なのにもうひとつは複製品。胴丸や腹巻の説明書きがあるが近代戦争では甲冑は使っていないだろう。親切な説明だが、近代史の真実となんの関わりがあるのだろうか。
 本物あり複製ありと和気あいあいとした展示室だが、私の心を奪った展示品があった。室町時代の太刀備前長船盛光という刀だ。それのどこにひかれたかというと、寄贈者がポールというイギリス人だったからだ。別にポールという名に引っかかったわけではない(本当は少し気になった)。ポールさんはこの刀をどこで手に入れたのだろうか。
 わからない。必要性が感じられない。1882年に開館した遊就館は当初、武器などを展示していた軍事博物館だった。それから関東大震災や閉館の危機などを乗り越え今日にいたっているが、その間に軍事博物館として変わらずあり続けていたのならばそういった武器の展示があってもおかしくはない。
 ただ現在、遊就館が「英霊顕彰」と「近代史の真実を明らかにする」ということを掲げている以上、そこに主旨違いの展示を置くのはいささか不自然さを感じる。
 なんか変なのー、という思いだけを残し、他の展示室をまわったが、見物者が多かった。
 それにしても若い人が多い。このところ靖国がニュースとして取り上げられる機会も多いからとりあえず行ってみようか、ということなのだろうか。私も彼氏と来たいよまったく。
 そんなことを思いつつも、先へ進めば進むほど第一展示室の不思議さに拍車がかかっていったのだった。 (■つづく)

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