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靖国を歩く/第29回 靖国にバリアフリーは必要か?(奥津裕美)

■月刊「記録」04年7月号掲載記事

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 九段下駅1番出口を出て、九段坂を上っていくと田安門前という交差点にたどり着く。そこの横断歩道を渡ると、社標やら狛犬やら石灯籠が立っている坂がある。その坂を上った先にどっしりと構えた大鳥居があり、それをくぐると参道につながる。それが靖国への道だ。
 靖国へ行くと高齢者の参拝客が多い。靖国に限った話ではないが、多い。緩やかとはいえ、あの坂を上るのは結構きつかったりするのではないか。毎日パソコンにかじりついている慢性的な運動不足の私は、坂を上るたびに「きついー、疲れたー」と一人ブツブツ、はぁはぁ言いっている。
 若い私がそうなのだから、体力が若者よりも落ちている高齢者はもっときついのではないだろうか。もし「きつい」という声が多ければ、なにか策を練る必要がある。
 そこで今回は、靖国へ向かうあの坂は高齢者にとってきついのか。そしてきつかったとしたらどうすればいいのかを考えてみることにした。
 そもそも、なぜ坂の上に靖国を建ててしまったのだろうか。九段に建立しようと提案したのが毎度おなじみ大村益次郎であるが、彼はなぜそこがいいと言ったか。
 坪内祐三氏が書いた『靖国』(新潮社)によると、九段以外に上野も候補地としてあがっていたのだが、益次郎は九段下がいい!と主張。方位学でみても最高!の場所だったらしいが、上野は「亡魂の地」だったため候補地から外されたという点も大きかったようである。
 新たに魂を祀るのに、その地に違う魂がうようよとさまよっている場所は適所ではないだろうし、第一、上野のさまよえる魂といえば、益次郎が壊滅させた彰義隊たちのものだ。
 そして九段坂や三宅坂に付近には陸軍省、参謀本部、憲兵本部などの軍部中枢機関が集中し始めており、靖国建立の目的とも非常にマッチする。
 戦争殉難者を祀るための施設という大義のある神社だが、その後の利用のされ方を見ていると、政府というより軍部の威厳を誇示するアイテムとしての靖国神社と変化しているので、軍として近くに置いておくことは非常に都合が良く、利用しやすいということを見越して、九段という地を唱えたのではないだろうか。
 また、東京は山の手と下町というまったく趣の違う地に分けられる。その二分のされ方はわかりやすく、東京の西北の台地に武家屋敷が並び(山の手)、東南の低地に町人が住んでいた(下町)そうだ。
 そしてさらに興味深いことに、靖国神社は山の手と下町を分断する境の山の手側の高台にあり、そこから下町を見下ろしているとい図なのである。
 山の手は薩摩と長州からなる明治政府高官が住む新興住宅地であり、帝都・東京を「支配する側の視線から」眺め、再構築しようとするもくろみの象徴的空間として据えさせたというのである。
 靖国神社はやはり普通の神社ではない。
 今は緩やかな九段坂だが、『ようこそ靖國神社へ』によると、「大変な急勾配で、むしろ絶壁に近かった」そうである。緩やかになったのは関東大震災後の改修工事後のことらしい。
 現在は道路が整備されているから高台と低地に差があっても、そこまで不便でもなければ気にならない。しかし江戸から明治に変わったころは区画整備なんてされていないし、これから着手といったところであろう。
 絶壁に近かったといわれてもそれはそうだろうな、と妙に納得してしまった。
 高台から見下ろす、境にあるといいつつも山の手側と庶民寄りどころか政府寄り。テーマパーク化しようとしたり、靖国においでとポップなCMをキャッチーな曲に乗せて年末年始にCM流したりと庶民派をアピールしている靖国だが、元をただせば国の都合のいいようにして建てられた神社なのだ。
 靖国に祀られている英霊がどかんと増えたのは、第二次世界大戦後である。戦後60年近くたっている。
 靖国に夫、恋人、息子が眠っている方々は高齢者が多数である。くしくも現代は高齢化社会からさらに進化し高齢社会なのである。駅にはエスカレーター、エレベーターの設置はもちろん、ノンステップバスなるバスが走っていたり、バリアフリー住宅も増えている。日本はどんどん「高齢者に優しい国」と変化しているのである。にもかかわらず立地条件が良くない靖国。庶民派ではあるが、高齢者にはあまり優しくない靖国。
 しかしそれとは対局の場所がある。
 巣鴨の地蔵通り商店街だ。
 商店街にもさまざまなタイプがある。私の知っているところだと、横浜市保土ヶ谷区にある「どんどん商店街」というのは非常に道が狭いし、坂になっている。地元の商店街も坂はあるし車は走るしと、不便。
 だが、やはり「おばあちゃんの原宿」だけあって入り口からずっと平らでまっすぐの道が続いているのだ。
 道を歩いていても、車いすを押している人、杖を持って歩いている人、それにベビーカーを押しているお母さんたちが多かった。
 商店街入り口からお目当てのとげ抜き地蔵までの道のりは結構長い。もしその通りが坂道だったりでこぼこ道だったとしたら、そこを歩くおばあちゃんたちはとてもじゃないが大変だろう。
 それに商店街ということで店が多い。坂だったらゆっくり買い物もできない。毎月4のつく日は縁日が行われるが出店どころではない。食事もできないではないか。 靖国にもみたま祭りという立派な祭りがあるが、靖国の参道は道が長いだけでまっすぐの道が続いている。大村益次郎を囲んで盆踊りができるんだぞ。
 お年寄りが集まるところはお年寄りに優しい街だからこそ集ってくるのである。
 靖国の話に戻して、靖国がある千代田区に九段坂のバリアフリー化について聞いてみた。
 区道全体のバリアフリー化は「あまり進んでいない」そうで、九段坂をバリアフリー化するとしたらどのようにするかと聞くと、「具体的にどうかといわれると……そうですねぇ……」と困りながらも考えてくれた。
 九段坂に限らず坂のバリアフリー化をしようという声はあるそうだが、具体的な策がないということは坂をバリアフリー化すること自体が容易ではないからということだろうか。
 平地ならば道路をなめらかにしたり、道路と歩道の段差を低くすることは可能だ。現に巣鴨の商店街は段差が低くなっていた。
 しかし坂道はやりようがない。やるといってもでこぼこの道を舗装し直したり、九段坂に限っていえば、地下鉄から出て坂をあがる道の真ん中にある木を別の位置にずらすといったことくらいしかできないだろう。
 よくよく考えてみると坂をバリアフリー化するのは結構難しいが、日本には坂がたくさんある。坂天国日本。 今後ますます進んでいく高齢社会に向けて坂道のバリアフリーをどうしていくか考えていく必要があるはず。 さて、紙面で九段坂のバリアフリー化が必要だ!と勝手に叫び書いてきたものの、本当に必要なのかという疑問をはらすには、高齢者の声を実際に聞かなくてはならない。

■タフな高齢者は平気だと……

 そういうわけでさっそく取材へ向かった。社標がある坂の中腹で待っていたところ、杖をついた男性が坂を下ってきたので聞いてみたところ、「いやー、気にせずに来ちゃったよー。あまりきつい感じはしないね」とのことだった。さらに「これからまた、裏に回ってまた上るよ」とはっはっはっ、と笑いながら答えてくれた。
 その前に取材した男性は「きついねー」と言っていたので、そういう答えを期待していたが、肩すかしを食らってしまった感じだ。
 さらに女性が上ってきたので聞いてみたところ、「いつも上ってるからもう慣れちゃったわ」とさっぱりと答えてから、さっそうとその女性は上っていった。
 ちょっと足を引きずるように歩いてきた男性に話を聞いてみたところ、「1年に1回しか来ないけど、運動になっていいよ」という感想。ちなみにこの男性は86歳なのだそうだが、日々身体を動かしているのだろうか、とても若くはつらつとしていた。
 大鳥居で休んでいた杖を所持している男性にも話を聞いてみたところ「平地よりもこれくらいの坂があったほうがいいよ」とこれまた元気に答えられてしまった。
 事前の予想では「きつい」という答えが多く返ってくると踏んでいたのだが、いざふたを開けると逆の答えのが多かった。
 しかしとても気になることがある。いつも来ていれば坂に慣れてきつさは感じなくなるかもしれないが、一年に一回や初めて来た人は九段坂に慣れていないはずだ。 彼らの「きつくない」は本音なのだろうか。1939年に発表された『九段の母』という曲に「上野駅から 九段まで~杖をたよりに 一日がかり」という歌詞がある。 そのころは地下鉄などない時代だから、上野から一日かけて歩いてきてもおかしくない。しかしそんな距離を歩いたら「疲れたわ」という言葉がぽろり出るはずだが、この曲にはそんなフレーズなは一切出てこず、それどころか「孝行息子をもって幸せだ」一色なのである。
 もし「靖国へ行くことを大変とか辛いとか思ってはいけない」という無意識の精神が今も働いているとしたら、そのような回答が続いても不思議ではないという考え方もできる。
 とはいえ、「疲れた~」が口癖と言っても過言ではない若者に比べれば、発言の真意がどうであれ「きつくない」ときっぱり言う高齢者のが元気なのである。
 高齢者が多く来るからバリアフリーが必要なのではないのかというのは、かなり余計なお世話であり、さらに間違った認識であったということにも気づかされた。
 取材の帰りに田安門前の交差点で信号待ちをしていたところ、靖国の入り口に一台のタクシーが止まり、中から高齢者の家族連れが降りてきた。
 そうなのだ。靖国へ参拝しに行くのに坂を上らなくてもよい方法があるのだ。タクシーを使えばいいのである。お金がかかるというデメリットはあるものの、タクシーを使えば、第一鳥居まえどころか神門近くまで乗っていけば歩く必要などなくなるのである。
 今回の企画では、元気でタフな高齢者がたくさんいたことに驚かされた。あれくらいの坂で「きつい」と言っている私は情けない。ワイルド&タフなおじいちゃん、おばあちゃんを見習って、私も明日からシャキシャキと、九段坂に限らず歩いていこうと心に誓った。

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