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内部告発・豊島区は税金泥棒/第18回 異動に次ぐ異動

■月刊「記録」99年4月号掲載記事

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■停職明けは日曜日

 六ヵ月の停職処分が空けた日は、なぜか日曜日だった。指定された日が、そうなのだから仕方ない。職務命令違反になるのも嫌だったので、バカ正直に出勤した。
 案の定、日曜日の八時半なんて誰もいない。とりあえず宿直室に出向いたが、宿直の当番に当たっていた昼間の職員は、けげんそうな顔をして私を出迎えただけだった。
 それならばと庁舎の三階に総務課を訪ねてみた。だが、ここにもいたのは庁舎係長だけ。彼に出社の旨を伝えると、「そんな話は聞いていない」と言う。それならばと総務課の係長の実家に電話をすると、「今日じゃない。明日だ」と素っ気なく言われてしまった。
 当たり前だ。日曜日に停職が明けるわけもない。それでもついつい疑ってしまう。勝手に命令に逆らえば処罰の対象になるからである。疑り深くなってしまった自分に苦笑しながら、その日は自宅に帰ることとなった。
 翌日、ついに本当の出勤日を迎えた。ゼロからのスタートという気持ちだった。
 次に処分をくらえば、間違いなくクビ。ここまで追い詰められはしたものの、停職中に反撃ののろしをやっとあげることができた。情報公開で得た書類は、私の裁判を大きく変えていくに違いないと確信させるに充分だった。役所側に攻撃の糸口をつかませないよう、自分の言動には細心の注意を払わなければならないが、当時の私と役所の立場は五分と五分。本当の勝負は、ここから始まる。そう感じていたからこそ、ゼロからだと感じたのだろう。
 役所の三階、いつもの総務課を訪ねると、予想外の言葉に驚かされることになった。なんと「どこの所属になるか決まっていないので、決定するまで宿直室で待っていてくれ」と鈴木敏万総務部長が言う。停職中に所属している部署がなくなることも珍しいが、職場復帰した時に、所属が決まっていないのは尋常ではない。
 仕方なく、宿直室でボーっと、配属が決まるのを待っていることとなった。ところがいつまでたっても辞令が来ない。やっと呼び出されたのは、午後三時過ぎだった。ところが「今日は決定しなかったので、明日、また来てくれ」と、言われたのだ。
 果たして役所は、本当に私を働かせる気があったのだろうか。働かせる気がなかったから、所属を決めていなかったのではないか。当時、私の頭の中では、ある疑惑が頭をもたげ始めていた。
 実は、職場復帰の数日前、近藤勝弁護士の事務所に「五十嵐が処分を受けないように気をつけろ」という不気味な匿名電話が入ったのである。私の弁護士事務所に電話をかけていることから考えて、役所と私の闘いに関与している人物に間違いはない。そのような人物が、わざわざ電話をかけてきたのだから、役所になにかしらの動きがあったのだろう。しかも出勤当日になっても、所属が決まっていないという。勘ぐりたくもなる話だ。
 ただ私にとって幸運だったのは、初出勤の二日前から、豊島区のカラ超勤の問題を『東京新聞』が、二日連続で大々的に報じたことだ。マスコミが区の不正に注目しているとあれば、その不正と闘っている私を簡単には処分できない。マスコミの視線を感じた区当局が、私に対する処分計画を見直したのではないか。確証はない。だが、それならばすべてのつじつまが合う。不気味な符号を感じた。

■楽しい職場は許されない

 翌日、通常通り八時半に出勤すると、まだ所属が決まっていないという。結局、この日も半日に待機状態の後、所属異動の辞令を交付された。
 役所のお偉方、七~八人に囲まれて言い渡された配属先は、土木部交通対策課自転車対策係だ。何のことはない。放置自転車の撤去作業を行う係である。
 辞令の交付時に、助役に私は質問を申し出た。次の二点をどうしても問いただしたかったからだ。
 一つは、役所側が一方的に専従宿直制度を廃止しておきながら、私の所属する組合にも、影響を直接受ける本人にも廃止の合理的な説明をしていないのはなぜかということ。もう一つは、宿直勤務の職員の中で、どうして私だけ希望の配属先を聞かれなかったのかということだ。
 だが助役はたった一言、「質問は認めない」と切って捨てるように答えただけ。処分の口実を与えるわけにはいかない私は、こんな命令さえ忠実に守らなければならなかった。
 辞令をもらうと、すぐに所属の部署に向かうこととなった。土木部長の部屋に入り、まず部長に挨拶。この時、私はちょっと驚かされた。土木部長がごくごく自然に対応してくれたのだ。これは前の総務課では考えられなかったことだった。もちろん課長も二〇代の二人の同僚も、部長と同様に普通の態度で接してくれた。
 確かに仕事自体は、それほど楽ではない。出勤後すぐに車に乗り込み、外部業者と共に駅に向かう。放置自転車に警告を知らせる小さな紙を貼り付け、警告に従わなかった自転車を所定の場所に撤去する。
 トラックの荷台に上げ下ろしする自転車の台数は、一日で一人約一〇〇~二〇〇台ほど。昼休みの時間を除いて、一三、四時までの外部作業である。
 ところが私には、この職場が全く苦にならなかった。勤務時間が短く感じられるほど、外での作業も楽しかった。何よりありがたかったのは、誰もが普通に接してくれたことだ。職務命令違反を念頭に置いて、気を張りつめている必要もなかった。正直、これは良い部署に異動になったと感じていた。
 だが、楽しそうに仕事をしていれば、役所は許すはずがない。平成九年二月に配属されたのに、もう同年三月下旬に異動の命令が届いたのである。これには私も驚いたが、もっと驚いたのは同じ課の職員だったようだ。
 ようやく仕事にも慣れ、さあこれからだ! と思っていた矢先である。もうしばらくこの部署で勤務させてほしいと、私は課長に頼み込んでもみた。それに対して彼も、「よしきた。職員課に働きかけてみるよ」と、快く承知してくれた。だが、ここでも望月氏が私の前に現れた。「職務命令だから」。その一言で、私の異動は一方的に確定されたのである。

■上司の名前に驚愕

 豊島区コミュニティ振興公社の第二事業課の総合体育場。それが四月一日からの職場の名前だ。室内の弓道場、卓球場そして人工芝の野球グラウンドの維持・管理・使用料の窓口徴収が仕事である。役所はついに私を庁舎内から外へ押し出したわけである。
 しかも初出勤の挨拶で、居並ぶ公社の幹部職員の顔を見た時、私は「あっ、なるほど」と合点がいった。自転車対策係に異動させてまだ二ヵ月にも満たない私を役所側が、なぜ再度異動させたかの具体的な意図が理解できたからである。
 まず、公社の理事長が近藤秀夫助役なのだ。ご存じの通り、私の一五日、三〇日、六ヵ月の処分に積極的に関与した人物である。
 第一事業課長には、中島康博。
 総務課の課長時代に、私の停職三〇日の処分に同意した上司こそ彼であり、退職後、この公社に天下りしていたのだ。しかも当時、彼と私はカラ宴会費用の返還訴訟をめぐって法廷で対峙していた。もちろん被告と原告の関係である。被告には区長、他二名となっていたが、その他二名の一人こそ中島第一営業課長であった。最も多くのカラ宴会を主催していた人物として訴えた相手が上司とは、驚くばかりだ。
 それだけではない。
 近藤理事長と中島第一営業課長の二人は、公社職員の懲戒処分を審理し、決定できた機関の構成員として名前を連ねてもいたのである。
 これが私の新しい職場だった。(■つづく)

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