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内部告発・豊島区は税金泥棒/第16回 懲戒分限審査委員会

■月刊『記録』99年2月号掲載記事

    ※        ※        ※

 私は六ヵ月の停職処分の期間中、闘うための体力をつけること、闘うための武器を磨き、さらなる武器を探し出すことに集中した。
 仕事と裁判を両立しながら闘っていれば、体力がモノをいう時が来る。まして私の裁判闘争は、相手が職場の上司なのだ。職場での仕事を増やすことによって、私を体力的な限界まで追い詰めることもできる。だからこそ闘い続けるための体力は、私に絶対必要だった。
 毎朝朝六時に起き、ランニングで皇居を一周する。さらに週に二回、夕刻からの豊島区役所の定例稽古の剣道部に通い、稽古相手を区長に見立ててしゃにむに竹刀を打ち込んだ。
 規則正しい生活と、適度な運動はすぐに体に現れた。七〇キログラムあった体重は、六三キログラムまで絞り込まれたのだ。体重が減って体が軽くなり、さらに役所に入って以来、長らく忘れていた熟睡も完全に取り戻した。
 裁判で闘うための武器は、情報公開と資料の整理によって手に入れた。ランニングを終えてシャワーを浴び、朝食を食べ終えれば、あとは夜まで裁判のための準備に当てることができる。裁判に関する資料を整理し、関連の本を読みあさり、準備書面の作成に必要と思われる事実関係を、ノートに書き記す毎日が続いた。
 六ヵ月の停職処分の次に待っているのは、上層部が望んでやまない私のクビ、つまり免職である。彼らが、枕を高くして眠るためには、私という障害物の除去が急務であったからだ。だから彼らは手段を選ばなかった。水面下にある不正という火薬庫の導火線に、いつ私が火をつけるかが気になってしかたがなかったからである。
 だからであろうか。私をクビにしたいなら好きな時にクビにすればいい。そのかわり、ただでは辞めさせられないぞ、という覚悟が停職期間中に、自然に固まっていった。
 ただ訓告処分と一五日、三〇日、六ヶ月の停職処分を通じて、もっとも強く怒りを感じたことは、これら一連の処分が、当局自らの不正を区民の目から隠すために、職務命令という職務上の武器を濫用し、戦うすべをもたない丸腰の職員を、よってたかって罪人に仕立て上げたこと、そして、これらが、一般職員への見せしめにしようと考えられた密室の儀式であったからである。
 この儀式の名は「懲戒分限審査委員会」その構成員は以下の区政中枢のメンバーである。ちなみに(  )内は、彼らが関与した私の処分名だ。

■「無駄もなければ無理もない」と吐き捨てた男

 まず、近藤秀夫助役(停職処分十五日、三十日、六ヵ月)。
 もう何度も連載に顔を出している人物だ。特に私が忘れられないのは、あと一歩というところまで、役所側を追いつめた住民訴訟にまつわる思い出である。役所の形勢が悪くなった時点で、状況の改善を約束した覚え書きを私達と交わした張本人が、この近藤氏だったのである。
 この覚え書きによって裁判は和解したにもかかわらず、この男は、覚え書きの存在自体を否定して、私に処分を繰り返したのである。
 助役の人となりは、次の具体例を示せば説明できるだろう。
 かつての私の同僚宿直員の架空勤務をめぐる不当利益返還の住民訴訟(私は当時豊島区に住所をおいていなかったため、原告側証人として協力し、原告には当時学校警備の職員をしていた江幡氏がなった)では、役所側が原告に和解を促した条件の一つに、無駄遣いを伴う勤務時間帯の是正と、健康に支障をもたらす二時間半の睡眠時間を従前の五時間に戻す、という約束が交わされていた。そして、この時、被告である役所側の窓口として原告側と折衝し、取りまとめを図ったのが近藤助役であった。
 しかし和解後、役所側は一向に約束を実行しようとしない。このため、私は近藤助役に対し、なぜ約束を実行しないのかをただした。すると、助役は一転して、その話はもう関係者との話し合いで終わった、不満があるなら好きにしてくれ。つまり原告側に聞いてくれということであった。江幡氏に確認すると助役聞いてくれと言って、取り合おうとしない。つまり、内部告発した私を除いて、当事者同士が手打ちをしてしまった、ということである。
 この時、江幡氏が助役、つまり役所側と取り交わした条件が、当時、廃止寸前にあった警備員制度の継続の承諾であった。もし、この約束を助役と原告側が反故にせず実行していたら私の十五日、三十日の停職は起こり得なかったからである。私の十五、三十日の処分原因は、私が是正されなかった無駄遣いを伴う勤務時間帯の勤務を拒否し、五時間の睡眠時間を実行したからである。
 そして、中原昭収入役(停職処分十五日、三十日、六ヵ月)。 この人物も、決定的な場面でしっかりと顔を出してきている。さらに連載が進んだところで詳しく書き記すことになるが、総務部長時代の官官接待が暴かれ、四五〇万円の損失を区に与えたことで、この金を区に返還することになるのが、この男である。
 彼は、官官接待に伴うカラ宴会の不正支出(現在係争中)を防止すべき立場にあったのに、適正な審査を怠り、区に損害を与えた。現在、その一部、利息を含めて四五〇万円あまりが区に返還されているのだ。
 次に、これも現在、係争中であるが、私の停職六ヵ月の処分の原因であるカラ超勤・カラ出張の存在が明らかになれば、これも同助役が意図的に適正な審査を怠ったと言わざるを得ないのである。
 また、彼が総務部長時代、前述の近藤助役が反故にした税金の無駄遣いを伴う勤務時間帯の是正、及び睡眠時間の適性化を図るよう申し入れたが「無駄もなければ無理もない」として、これをはねつけ、さらに無駄遣いを伴う勤務時間帯を設定した。宿直職員の土曜日の出勤時間は、昼の十二時で十分であるのに、朝の九時半出勤に変更したのである。この時間帯は昼間の職員が昼過ぎまで勤務しているのであるから、宿直職員の業務は、全く百パーセント存在しないのである。ところが当局は、業務が明らかに存在しなくても、その時間に出勤し、役所のなかにいれば、それだけで、その時間帯の賃金は保障しましょうというのである。
 役所内部では、常識では考えられない行政運営が職務命令の名の下に行われているのだ。
 話は逸れるが、現在の豊島区は、赤字再建団体に転落の一歩手前の秒読み段階である。収入役がこんなことをしていては、財源がいかに豊富であったとしても、金がなくなるのは当たり前である。バブル経済がはじけたから赤字財政になったなどというのは、きちんとした財政支出を行ってきた自治体だけが言える言葉であろう。
 次が、川島滋教育長(停職処分十五日、三十日、六ヵ月)。
 この人物は、まだ連載には登場していない。しかし、今後の裁判における最大の焦点である、小中学校職員のカラ超勤問題の責任者として登場することになる。
 続けて、鈴木敏万総務部長(停職処分十五日、三十日、六ヵ月)。
 この人物も、何度も誌面を飾ってくれたので覚えている方も多いのではなかろうか。私が最も記憶に残っていうのは、三〇日の停職処分に関して、「あなたがお金を返還したことも処分理由だ」などと口走ったことだ。
 役所の勤務体系を守っていたら体が保たないと考えた私は、仕事に支障がないように、勤務時間内に仮眠時間を設け、さらに仮眠時間分の給料を区に返還していたのである。これが鈴木氏には、気に入らなかったらしい。もらえるモノはもらっておくのが、豊島区職員の礼儀だとでもいうのだろうか。

■うしろめたさの存在があるか否か

 大沼映雄、現、総務課長(停職処分六ヵ月)。
 彼については、次の二点において関心がある。
 まず、彼は私が処分を受けた当時、私の上司であり、前述の「懲戒分限審査会」のメンバーの一員であった。彼が、私の処分に同意したことは、私の指摘するカラ出張・カラ超勤の存在に目をつぶり、部下の処分に直接、手を下したということである。だが、私が知りたいのは、彼が私の処分に加担したことではなく、処分に加担する際、彼の胸に内面的葛藤が存在したかどうかである。
 はっきり言えば、己の組織における保身のために、事実から視線を外して、部下の処分に手を貸したうしろめたさを感じていたのかどうかである。もし、うしろめたさを感じないで、これに賛成したのであれば、彼は公僕云々以前において「人間性」を問われなければならないだろう。
 二点目は、フジテレビが、当区の官官接待のカラ領主書を量産していた疑惑について。彼を取材している場面があったが、彼は、これに対してしどろもどろに答えていた。この、しどろもどろの原因が、単なる話し方の上手、下手にあるのではなく、真実を隠すことの恐ろしさから生じたものであったのかどうかである。私は、後者と思いたいからである。
 そして、望月治男職員課長(停職処分六ヵ月)。
 上層部の意を受けて、私を追いつめるのに、驚くほど努力した人物である。六ヵ月の停職処分に付随した事情聴取を担当した時など、私に逃げられると困るからという理由で、便所までついてこようとした。別に、私は警察に捕まったわけではない。たかだか役所がでっち上げた処分の調査である。逃げもしなければ、隠れもしない。ましてや便所に行ったついでに逃げ出す気などみじんもない。それとも望月氏は、私とツレションでもしたかったのだろうか。
 彼の名前を聞くと、真顔で便所について来ようとした彼の動作を思い出して、思わず笑ってしまうのである。
 最後に、懲戒分限審査委員会を諮問し、審議に事実上の強い影響を与えた人物を紹介しておこう。それは、加藤一敏区長(訓告処分、停職処分、十五日、三十日、六ヵ月)。私と最も長い間、闘い続けてきた人物である。
 彼が総務部長時代には、私の同僚の架空勤務を容認し、なおかつ私の訓告処分を決定した人物でもある。付け加えるなら、訓告処分に際して、私の事情聴取内容の改ざんに関与していた男でもある。
 三〇日の停職処分を受けた時には、すでに区長になっていた彼に、「この処分は、私に対する嫌がらせではないのか」と聞いたこともあった。その時の彼は、「処分は私の意志ではない。助役が積極的に行なったことだ」と答えたのであった。長いつき合いなのだから照れることもないと思うのだが、私の処分を積極的に進めているといった言葉は聞かせてくれなかった。
 これが私にかかわる一連の処分を決めたメンバーである。私にとっては、ほとんど悪夢としか思われないような構成だ。黒幕の張本人が立件して裁く。これが役所の構造なのである。まるで国民を虐殺し続ける、どこかの軍事政権のようだ。どんなに私が闘っても、なかなか勝ちを治められない理由がわかってもらえるだろう。
 しかし、後藤雄一氏に出会ったことで、形勢は完全に逆転する。彼の指摘した小中学校の残業命令簿の情報公開請求が、その発端だった。全小中学校、四二校の残業命令簿が、四年間四八ヵ月にわたり、三〇〇余名の全職員、毎日、同一の残業時間になっていたのだ。
 つまりある小学校が、ある月に、一人当たり四時間の超勤をしていたら、他の四一校の職員も全く四時間なのである。
 書類を手にした日の夕方、私はガッカリして後藤さんにこう言って電話した。
  「後藤さん、まいったですよ。出ましたよ」
 私は事前の内部情報から、ある程度のカラ超勤は予想していた。しかし、現実は、それ以上の凄まじさであったからだ。
 笑われるかもしれないが、役所の体質を目の当たりにして、がっかりしたし、寂しかったのである。不思議なことに、形勢が逆転した喜びよりも、失望のほうが大きかった。豊島区と熾烈な喧嘩をしていても、やはり私は豊島区の職員であったからだ。 (■つづく)

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