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靖国を歩く/第14回 全世界平和を祈れる社が靖国に(奥津裕美)

■月刊『記録』03年4月号掲載記事
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 巷では、新幹線や韓国での電車の事件、北朝鮮問題、株価の下落など、暗いニュースが多い。最近では、帷子川在住で、私と同じ浜っこのタマちゃん捕獲作戦(タマちゃんがいたいところにいさせればいいのにね)などもあった。 
   しかし、なんといっても忘れてならないニュースといえば、アメリカによるイラク攻撃だろう! 私が生まれてからまだ、20年余だが、その間に戦争や紛争などたくさんあった。しかし、これまでそれほど戦争というものを身近に感じることはなかった。 
   今はまだ空爆への秒読み段階だが、この号がでる時点では、空爆が始まっていることだろう。そんなわけで食事をしているとき、化粧をしているとき、挙げ句の果てはテレビでドラゴンボールZの再放送を見ているときでさえも、平和とはなんぞや? と考えてしまう今日この頃。平和ボケだからとか、遠い国のことだから関係ないよ、なんて言っている場合ではないのだ。士気を煽りたいわけではなく、きちんといろいろなことを考える時期がきているのではないかと思う。 
   話が堅くなってしまったが、さて皆さんは、靖国神社の本殿に祀られていない方々や、世界中のあらゆる戦死者が祀られている神社が靖国内にあるのを、ご存じだろうか。 
   名前は、鎮霊社。 
   初めて聞いたときビックリした。靖国神社の中に、そのような施設があることにビックリしたという以前に、原則として日本兵として亡くなった方を祀っている神社に、外国籍の人々を祀っているという事実に驚いた。靖国神社は神道だ。死んだら祭神として祀られる。祭神とは、その神社に祀られている神。その理論でいくと、たとえ日本人ではなくても神道で祀れば神。しかし、いうまでもなく外国人の大半(たぶん全員)は神道を信仰していない。別に信じる宗教があったり、無宗教だったりするだろうから、それに従って祀られているはずだ。何の許可も取らずにキリストやブッダを信仰している人を神道の神として祀るとは豪快というか、適当というか。いや、そもそも不特定多数を神として祭るなんてことは、神道ですら異例らしいが……。 
   靖国神社には神道を信仰していない戦死者がたくさん祀られており、それでさえ物議がかもされているのに、いくらなんでもことによっては日本という国さえ知らない外国人をワールドワイドに祀っている。調べねばなるまい。
■ A級戦犯のいない社
   『やすくにの祈り』(靖国神社編・産経新聞ニュースサービス刊)には、鎮霊社は軍のために亡くなった人以外の(合祀の基準に当てはまらない)人を祀っていると書いてはいるものの、何で創ったのかはよくわからない。 
   靖国神社に電話して何で作ったのかを聞いてみると、「いろいろな説があるんですが、(戦争中には)いろいろな思いを持って亡くなった方がおり、日本国籍以外の方もいらっしゃいます。そういう方をお祀りするためにつくりました」とのこと。 
   ちなみに歴史学者の秦郁彦氏は、『文藝春秋』(2001年11月号)で「A級戦犯の『怨霊』の落ち着き先として作ったのではないか」と推測している。つまり靖国神社の見解とは違うわけだ。もっとも秦氏の質問を靖国神社側は否定しているので、真相は藪の中ということだろう。 
   ただし秦氏の論文は、重要なことを教えてくれた。
   「結果的に彼ら(宮司)が昭和40年から53年10月の靖国神社合祀までここに祀られていたことは認めた」というのである。つまり13年余にわたって鎮霊社に祀られていたA級戦犯は、昭和53年からは、鎮霊社から本殿へと移ったという解釈もできるということだ。
   『やすくにの祈り』によると鎮霊社は「1853年以降、戦争・事変に関係した世界各国のすべての戦没者」が祀られているうえ、A級戦犯は抜きと解釈できる。 
   だとしたら平和のために祈る場所として、理想的な環境ではないか! 宗教に関係なくすべての御霊を祀っているのだから、大々的に宣伝すればいいのである。それで靖国参拝の問題を解決できるかもしれない。 
   例えば小泉首相が、首相就任以来3度目の参拝を今年1月4日に行い、中国や韓国の猛抗議を受けたが、A級戦犯も祀る本殿の参拝がダメだというのならば、いっそ鎮霊社に参拝し、その後の会見で「私は鎮霊社に参りにきました。ここは、宗教や歴史云々に関わらず、たくさんの神が祀られているところです」といえばいいのだ。だって、韓国や中国の英雄だって(勝手にではあるが)祀られているのだから。しかも本殿の回廊と鎮魂社の距離はたったの10メートルもない。小泉首相は靖国に断固として行くという公約なので、物議をかもさず、靖国にも参拝できる絶好の方法である。在任中に是非、実行してもらいたい。官邸よ、聞いているか。 
   その存在自体が神道の心の広さ(神は平等ということ)を十分に伝えることだって可能だ。 
   ところが、こんなにすごい施設が、様々な文献で語られる事が少なく、知名度も低い。それどころか本殿の横にありながら、一般の人は参拝できない。どういうことだ。鎮霊社が脚光を浴びると、靖国神社本体の威厳を保つ上で、かえってマイナスになりかねないからだろうか。
■ 靖国・千鳥ヶ淵問題の解決も
   鎮霊社のことを散々書いてきたが、忘れてならないのが千鳥ヶ淵墓苑。ここは、無名戦士が眠るお墓である。なぜここが出てきたかというと、『検証・靖国問題』(PHP研究所・編)という書籍の中に、とても興味深い文が出てきたからだ。この連載を始めるまで、靖国神社自体に関心がなかったというか、時事問題にはさほど興味・関心がなかったので国立慰霊施設をつくる案があったことを知らなかった。聞いていたかもしれないが、すーっと耳を通り抜けて忘れ去っていたと思う。今回この本を読んで、考え方は人それぞれだということを改めて感じた。 
   この中に「国立墓地構想」という章がある。その章には、アーリントン墓地と、靖国神社について書かれている。同じ追悼施設だが、アーリントンは墓地で、靖国は神社である。さすがに、比較するのはおかしい。しかし、戦争に関連する施設という点では同じなのであえて触れることにする。 
   アーリントンで眠る人は「国家の英雄」と呼ばれているらしい。たしかに国のために戦い、犠牲になった人は英雄である。しかし、それは戦勝国アメリカだからそのようにポジティブにとらえられるのであって、日本は敗戦国である。文中には、「苦い過去のシンボルになってしまっている」と書かれているが、仕方のないことなのではないか。そもそも靖国は、坪内祐三氏が『靖国』(新潮社)で昔は娯楽施設の面も持っていたと書いていたように、もともと楽しい娯楽スポットだったのだ。それを国家神道という精神を植え付けさせるために神社を使い、戦争に走り、死ななくてもよい人までが犠牲になってしまった。 
   戦死者を祀るという行為を神社として行うことに異議はないが、後に戦犯と呼ばれる戦争遂行者が祀られ、それを隠していたことが、靖国神社にさらなる負のイメージがついてしまった原因なのではないだろうか。アーリントンのように未来志向型に取れるようになれば、そこでようやく日本が過去の歴史の呪縛から解かれ、靖国が神社として新しい一歩を踏み出せる日がやってくるだろう。 
   さらに読み進めていくと、「国立施設における慰霊の対象として、日本が起因となった戦争により命を失った、海外国籍の方々も併せて慰霊する」案が出ていると書かれている。それは結構なことだ。それで許されるとか、文句は言われないだろうと思うことはナンセンスだが、本気で日本のせいで犠牲にしてしまったことを悔やみ、申し訳ないと思うことを形にする意味で作るのであれば、賛成しよう。 
   とはいえ、それができるとなると国立の慰霊施設である千鳥ヶ淵はどうなるのか? 二つも国立の追悼施設は必要なのだろうか。そこと合併させるというのはだめなのか。そもそも靖国神社の立場はどうなる。今まで散々いいように使ってきたにもかかわらず、靖国に参拝することは国際社会の摩擦の原因になるからイカン!ということで他の施設に乗り換えるのに抵抗のある人が多いことは広く知られているとおりだ。 
   そこで鎮霊社である。本殿に祀られていない人おろか、世界各国の戦争殉難者が祀られている場所が靖国に存在しているのだ。もともと作られた意味は国立追悼施設を作る案の目論見とは違うと思うが、一般に公開されていないという点を除けば、「色づけ」もされておらず、社の目的は合致する。少なくとも靖国神社のなかでは、限りなく透明に近い。もちろんA級戦犯を祀るためにつくったかもしれないという歴史は、プラスには働くまい。しかし、前述の経緯から今はA級戦犯を祀っていないともいえる。 
   驚いたことに『やすくにの祈り』には、コソボの紛争や湾岸戦争で犠牲になった方も祀ったと書いてある。当たり前だが、アップトゥーデートである。ちなみに当初は賊軍とみなされた西郷隆盛や白虎隊も、この鎮霊社には祀られている。世界中の戦死者を集めるのだから、敵も味方もごちゃ混ぜである。ここまで範囲を広げれば、アーリントン墓地の上をいくといえなくもない。 
   あまり知られていないが、毎年7月13日には鎮霊社祭が行われている。せっかくグローバルな神社の祭りなのだから、もっと大々的に宣伝すべきだろう。 
   一般の参拝者も訪れることができず、お祭りを宣伝しないとなれば、A級戦犯とからんだ、うがった見方も出てこよう。本気で世界中の戦没者を慰める気なら、御霊祭り以上の祭りを催すべきである。となれば毎年「鹿嶋砂利」を鎮霊社に奉納している鹿嶋市遺族会も、大いに喜んでくれるに違いない。 
   それでどうする? という向きもあるのだが……。  (■つづく)

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