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阪神大震災現地ルポ 第12回/部落でも深刻化する住宅問題

■月刊『記録』96年5月号掲載記事

  生田川の人々に出会ったことで、「犬も歩けば棒に当たる」よろしく、震災と被差別部落の問題に行きあたった。取材をもっと深めようと思い、長田区の番町地区を訪ねた。神戸最大の被差別部落で、2500世帯、5000人以上が暮らしているという。 

  番町がいわゆる都市型部落の様相を呈するのは、明治も終わり近くなってから後のことだ。開港以前は神戸自体が寒村だったからでもある。しかし、それでは1871年の「解放令」はいったいなんだったのか。生田川(新川)は当時は部落すらなかった。発令後に部落が形成・拡大されたのは、解放令がいかなる内実も伴っていなかったことをよくあらわしている。 

  新川と番町は、市内の零細窮民が追いやられることで肥大化していった。長田区の番町とその周辺、中央区の生田川周辺に今も在日コリアンが多く住んでいるのは、この差別政策に起因している。前々回その消息を伝えた在日2世の清本吉伸さんも番町に住んでいる。「下町」としての長田は、震災後、広く知られるようになった。その下町の温かさが、差別の結果生まれたものだということも、忘れてはならないだろう。 

  番町地区の被災状況は、死者42人、全半壊1400戸、一部損壊1000戸にのぼる(部落解放同盟兵庫県連調べ)。被差別部落でありながら同和対策事業の対象とされなかった「未指定地区」の被害が大きかった。改良住宅は6棟・505戸分が被災したが、生田川同様、ここでも改良住宅の存在が、被害をある程度はくい止めたといえるようだ。高層の改良住宅は、部落の豊かなコミュニティを破壊する、新たな差別の象徴になるとの批判もあったというが、被災軽減がせめてもの救いだろうか。 

「皆が帰って来られるような状況を早くつくっていきたい」と、部落解放同盟番町支部の滝野雅裕書記長が語る。改良住宅505戸のうち303戸の建て替え用仮設住宅は確保できた。残り202戸(うち90戸の行先は部落解放同盟でも把握していないが)は親類宅や仮設住宅などに身を寄せているという。「番町は大きな部落なので、地区外の人との付き合いがなくても暮らしていけたから、一般の仮設住宅に入ったお年寄りには、かなりのプレッシャーになっているだろうと思う」と、滝野さんは心配していた。 

  改良住宅は既に再建工事が始まっているが、既存不適格の規制で、以前と同戸数を維持するためには、1戸あたりが小型化してしまう。それでいて家賃上昇も見込まれている。戻れない人も出てくるかもしれない。「改良住宅は第2種公営住宅といって、第1種の一般市営住宅とは歴史的経緯も異なる。収入面でも同和地区の人は低いので、同じ家賃というわけにはいかない」と、滝野さんが語った。解放同盟でもこの問題に取り組んでいるという。 

  民間住宅でも事情は同じだ。家主が高齢だと、倒壊した貸家や長屋の再建は困難になる。借地権を買い取った人も、建蔽率の規制で、例えば10坪の土地なら8坪程度の家しか建てられない。「これでは家にならない」と悩んでいるという。部落外の被災地で起きていることは、例外なく被差別部落でも深刻化している。

■ 部落差別で採用内定を取り消し 

「皆が助け合った震災直後の気持ちを大切に復興させていきたい。それが人権問題の根本だと思う」と滝野さんは話す。だが、一方では悪質な就職差別も起きていた。関西のある事業が社員を震災ボランティアに派遣、番町で活動していたが、ここが被差別部落だと知ると、自社の採用内定者に番町出身者がいないかを調べ、当該者の内定を取り消したのだという。いったいどうすれば、ボランティアに行く精神と、部落を差別する精神とが両立できるのだろうか。滝野さんも「何でそういうことをするのだろう。人事担当者は酸いも甘いも噛み分けた人ではないのか。人をいじめてそんなに楽しいのか」と憤る。滝野さんならずとも腹が立つ。 

  町を流れる新湊川も差別の結果だった。新開地開発のため、明治末に部落北側の高台めがけて付け替えられている。大雨のたび洪水が南の低地の部落へとあふれた。最大の被害は1938年の「阪神大水害」で、豪雨とともに土石流が阪神地方を襲い、死者・行方不明者557人、流出・倒壊家屋2万戸の被害を出した。「なかでも生田川・宇治川・都賀川・新湊川の川筋の被害が大きかった」(『神戸市史』)。つまり流域の被差別部落を直撃したのである。 

「川というのは自然とそこにあるものだと思っていた。部落が洪水になろうが、かまわずに付け替えられたものだと知った時、本当に腹が立った」と、滝野さんが語る。この国は、こうした差別の結果を基礎に繁栄を築いてきた。今日の私達の生活も、その上に成り立っている。「私は差別していない」「自分は差別とは無関係だ」と言ったところで、何の意味があるだろう。 

  滝野さんと電車に乗る機会があった。被差別部落出身者の外見に何ら違いのあるわけがないから、誰も気にとめない。車内の雰囲気も全く変わらない。それなのに部落出身というだけで、差別の標的にされる。これが部落差別の無意味さ、デタラメさだと思う。だいたい外見が異なろうが差別のあっていいわけがない。差別することは「くだらない」と、つくづく思う。(■つづく)

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