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靖国を歩く/第11回 究極の謎に挑戦靖国に「英霊」はいるのか(『記録』編集部)

■月刊『記録』03年1月号掲載記事

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 それはふとした、しかし非常に根源的な疑問だった。「もし靖国神社に英霊がいなかったらどうなるのか」だ。何しろ目に見えない存在なのだから、いない可能性もあるわけだ。 
   いなかったら大変だ。靖国神社護持派は、その根拠を失ってしまう。もっと深刻なのは批判派だ。そこが大きな鳥居があるだけの空間だとしたら、国家護持や要人の参拝を批判する根拠がなくなる。政教分離以前に、英霊なき靖国は宗教法人なのかという問題だって出てくるだろう。 
   とくにA級戦犯の英霊が眠っているのかどうかは大問題だ。1986年8月14日に「公式参拝」を見送ると発表した後藤田正晴官房長官は、「昨年夏の公式参拝は、A級戦犯への礼拝ではないかとの批判を近隣諸国に生んだので」と語っている。ならばA級戦犯が実際にいるのかどうかはどうしても確かめねばなるまい。 
   問題は、それを科学的に実証する方法がないことだ。なぜならば霊という存在があることを前提にした議論自体が超常的だからだ。超常現象はそれがわかるとする人に調べてもらうしかない。そこでメディアでも活躍中の霊能者のA先生にお願いした。 
   誤解されると嫌なのであらかじめはっきりさせておくが、編集部は大まじめである。霊能者に依頼する以外の方法はどう考えてもなかったからである。A先生も決死の覚悟だ。霊能者にとって「靖国に英霊がいるか否か」というテーマは途方もなく重いそうである。

■編集部による公式参拝

   年の瀬も押し迫った12月某日、無理を言ってお願いしたA先生と編集部メンバー3人は、北風吹きすさぶ中、靖国神社へと出発したのだった。
   「参拝する時は、真ん中を歩いてはいけません。端を歩きましょう」 
   靖国の大鳥居に向かう歩道橋の上、先生はおごそかにつぶやいた。どうやら神社参拝の作法らしい。不思議に思ってたずねてみると、先生は霊視のみならず、神社関係にもかなり詳しい方だったのである。しかも先生の叔父様に当たる方が靖国神社に合祀されており、今回、本殿での参拝まで行い、英霊とのコンタクトを取っていただけるという。 
   小誌実働部隊のほぼ全員が正式に参拝するとなれば、これぞ『記録』の“公式参拝”ではないか。唯一の30代である古参編集部員にその旨をたずねると、「玉串料は先生がお支払いするので、編集部としての公式参拝ではない。私的参拝である」と、笑いもなく答えるではないか。 
   私的・公的はともかく、正式な作法に則った参拝をすべく、私たちは行動を開始した。「参拝は鳥居から始まるんじゃない、歩道橋から始まるんだ」と、踊る大捜査線風に言ってみたが、そう、歩道橋から参拝は始まっていたのだ。先生の注意に従って、私たちがミミズのように一列になって歩いたのは言うまでもない。 
   鳥居をくぐるときは、一礼して入る。大村益次郎像を越え、休憩所を横目に見ながら第二鳥居へ差し掛かったとき「ここからは無駄話をやめましょう」と先生からお言葉が。穏やかな先生の表情が、徐々に引き締まってくるのがわかる。 
   それなのに古参編集部員は、取材ノートをブラブラさせ、「ノートはしまってくださいね」と先生から優しく注意されていた。 
   第二鳥居を潜り、すぐ左手にある大手水舎で手と口を清める。もちろん作法もバッチリ教わった。
   「柄杓に水を汲み、左掌に水を掛け、次に右掌に水を掛ける。口を漱ぐときは、柄杓に口をつけてはいけません。左掌で水を受けてから口をゆすぎます。最後に、柄杓を立てて柄を洗います」 
   知らなかった! 神社へはよく行くが、正しい手水のやり方なんて聞いたことさえない。口の漱ぎ方まであったとは。手を拭き、神門の前でまた一礼。更に奥へ進むと中門鳥居があり、また一礼。そこを抜けると拝殿だ。 
   何はともあれ、拝殿でまず参拝。ここでも作法がある。まずコートやマフラーを外し、賽銭箱に賽銭を入れる。先生によれば、「賽銭は2枚、4枚と2で割れる数がいいと言いますが、気持ちで結構です。賽銭は願いを託すものなので、5円玉一枚というのはちょっと……」とのこと。私も奮発。10円玉2枚を賽銭箱を投げ入れる。拝礼は、二拝二拍手一拝。見よう見まねで礼儀を尽くした。

■英霊は常駐していない!?

   さて、いよいよ昇殿参拝のために祭儀所へ。美しい巫女さんに迎えられ座敷に通された。所定の用紙を先生が書き込み、しばらくすると宮司が登場。改めて手と口を清め、祓所でお祓いをしてもらい、いざ本殿へ。 
   中央には、大きな鏡とカブやリンゴなどの神饌が置かれている。その鏡の前に正座をすると、外から小鳥のさえずりが聞こえてきた。そして神主による祝詞の奏上が始まる。深く息を吐いた先生がゆっくりと頭を垂れ、お辞儀をしていた。 
   祝詞が終わり玉串を納めた後、二礼二拍手一礼して黙祷し、その後に廊下で神酒をいただいた。飲む際には、本殿に向かって「頂くゼ」という感じで挨拶した後に飲んでみる。もともと神と会った後の祭りを儀式化したものらしいから、威勢が良いに越したことはないだろう。中味は至って普通の辛口の日本酒だ。とはいえ昼間から飲めるのはありがたい。 
   さて、祭儀所を出てすぐ、英霊との遭遇について先生にたずねてみた。
   「本殿に上がる前と、本殿から出てきたときに、『Aちゃん』と呼びかけられました。英霊の叔父様でした。ご遺族の方の中には、英霊が呼びかける声を聞き取れる人も多いのではないでしょうか」 
   う~ん、やっぱり英霊はいるらしい。
   「通常の神社では、天からシャワーのように御霊が降ってきてサッパリします。でも、ここでは地からゆかりのある御霊が上がってくる感じですね。下から暖かい気が、どんどんのぼってきました。あと、本殿に巫女さんのような女性が見えましたよ。英霊をお世話する女神のような存在でしょうか。 
   それにしても参拝したら、朝からの肩こりがスッキリ抜けました。すごいですね」と、先生はニッコリ。 
   しかし私は気になった。約246万余柱の英霊を、どうして先生は見ないのだろうか? 大量の英霊が神社を走り回っている図を、私は期待していたのだが……。
   「いや、簡単に説明すれば、靖国神社は玄関なんですよ。幽界にいる英霊が、参拝の声に応えて神社まで降りてきてくれるんです。もちろん自ら降り来てくださる英霊もいらっしゃるとは思いますが」 
   なんと、英霊は24時間、靖国神社に常駐しているわけではないのだ。つまり呼ばなければ、東條英機や板垣征四郎などのA級戦犯は出てこないのである。 
   これは大変な発見である。A級戦犯が合祀されているという理由で諸外国から参拝が批判されている点について、たとえば参拝した首相などの要人は「A級戦犯の英霊はお呼びしていませんから」といえばいいということになる。だが、そうするとなぜA級戦犯の英霊を呼ばなかったのかとか、だったらいったい誰を呼んだのかとか、オレの親父をなぜ呼んでくれなかったのかという新たな問題が発生する可能性もある。 
   こんな難問に果敢に取り組んでいる私をよそに、一行は招魂斎庭があった駐車場へ。この招魂斎庭、英霊を神祭として本殿に合祀する前に、心霊を迎え入れる招魂式を実施した場所だという。そんな聖なる場所を駐車場にするなんてけしからん、と一部メディアに批判された場でもある。 
   私も何となく罰当たりな行為だと思っていたが、先生は「問題ありません」と頷いた。
   「ログハウスが手狭になり、新しいログハウスを建設しても、普通、誰も文句を言わないでしょう。いきなり昔の施設を壊したならともかく、きちんとお祓いをしていますし、神様も怒っていないようです」 
   どうやら怒ったのは、人間だけだったらしい。

■千鳥ヶ淵戦没者墓苑との意外な関係

   さて、靖国神社を出て千鳥ヶ淵戦没者墓苑へと向かった。第2次世界大戦で亡くなり、遺骨が収集されたものの、氏名の特定ができなかったり、引き取り手がいない無名戦士の遺骨を納めている場所である。 
   門をくぐった途端、先生が深呼吸をした。やや顔をしかめ、目をつぶる。靖国に入ったときとは違う緊張感が漂っていた。納骨施設が視界に入ってくると、先生がボソッと一言。
   「ヘタにさわれない」 
   普段は何かを感じることが少ない私でも、入った瞬間体が怠くなり下半身が重くなった。だからといって、足腰が疲れている訳ではありません。 
   4人で献花し、門に向かって歩き出すと、今度は先生が首を振り始めた。
   「重い……。個別に霊がいるような状況じゃありません。エネルギーの集合体が、ドーンとある感じです。近づけませんでした」 
   首を左右に振りながら、先生は言った。
   「ここは4時閉門で正解だわ。夜は来ない方が良いですよ。どうなっても知りませんから」 
   先生、怖すぎます! 夜、トイレに行けません……。
   「足元から下に吸われるような感じがしませんでした? あくまでも私個人の意見ですが、千鳥ヶ淵は霊的にもう少しちゃんとした方が良いかもしれません。あらゆる宗教者が慰霊のために訪れるようになれば、霊も喜ぶと思います。ただ靖国も千鳥ヶ淵も、両方必要な施設なんです。千鳥ヶ淵は荒ぶる御霊であふれ、靖国はそれを鎮める『招魂社』。その2つのバランスが大切ですから」 
   そうだったのか! 靖国と千鳥ヶ淵の関係はいろいろと議論されてきたが、こうした新解釈も可能なのである。 
   先生の肩の痛みを払うためにも、再度、靖国神社をお参りすることになった。道々、先生から霊媒師から見た靖国神社像について教えてもらう。
   「政府や上の論理は、国威のために戦死者を利用し、『祀るから安心して天に昇ってくれ』という考え方。遺族や現場の倫理は、『死んだのだからせめて神に祀ってくれ』というものでした。どちらが正しいではなく、そういう考え方、思いがあるということでしょう。 
   ただ靖国神社は、荒ぶる霊をしずめています。A級戦犯などが処刑された池袋で幽霊が目撃されるのは、死者に怒りがあるからでしょう。靖国神社がなければ、誰が荒ぶる霊を諫めるのでしょうか」 
   靖国問題の根幹を解決すべく組まれた取材は、左右両陣営に加え、「英霊の主張」という新たな座標軸を発見することとなった。 
   そして私はといえば、さらに混乱を深めることになったのであった。英霊の主張?
   うーん……。  (■つづく)

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